「もったいない」発想とホーリスム(1)~ ホリスティック特集4

一昨日の記事、

「ホリスティックな感覚と、エソテリックな感覚」

https://ameblo.jp/spiken777/entry-12418858387.html

に対して、いつも熱心にお読みいただいている、

鍼灸院の榊原 和子さんから、FBを通じて、

 

「エソテリックとホリスティック。

 言葉では難しく感じますが、陰と陽のような感じなのですね。」

 

というコメントをいただきました。

最初、私が抱いていた感覚と共通性はあるものの、

ちょっと違うかな、と感じて、

「カバーする領域は同じなのだけれど、

焦点の置き方がちょっと違う、という感じです」

とお答えしてのですが、

 

今朝、ふと、

「確かに陽と陰、男性性と女性性」

という感じもするかな、と思いました。

エソテリックは、上から貫いていく感じがするのに対して、

ホリスティックは、全体をまろやかに包み込む感じがするからです。 

 

そんなこともあって、

エソテリックを論じるときには、

引用文をもとに、1字1句、

伝えられたメッセージを歪めないように、

厳密に読み解いていくよう努力していますが、

 

ホリスティックについては、

多少アバウトで、いい加減ではあっても、

自分の中から出てくる感覚を大切にして、

自分の言葉で語りたい、

という気分になるのかもしれません。

 

さて、話は変わり、

ホリスティック・スペース=アクエリアスで用意したフローリング部分、

何とはなしに出来上がってしまった感じがあるのですが、

メインの担当者が不在になり、

私が中心になって動かしていく余裕が今はないことから、

動き出して軌道に乗せるのは、

ちょっと時間が掛かりそうな感じになっています。

 

「こういう特徴を出してやっていこう」

というアイディアはあるのですが、

ゼロから立ち上げて一気に軌道に乗せるには、

相当集中したエネルギーがいるため、

ある程度動き出したら協力してくれるスタッフはたくさんいるのですが、

最初の初動を起こすところがなかなか進まないのです。

 

 

そんな折、秘教講座への参加は今年春からの、

『魂の光』と「エソテリック・ヒーリング」の両年間講座からなのですが、

以来、熱心に学んでいただき、

アクエリアスに関しても準備段階からお手伝いいただいている、、

日本ドッグヨガ普及協会・ネコ部部長の池迫美香さんから、

昨晩遅くに、こんな言葉の入ったメールをいただきました。

 

「せっかくあんなに素敵な空間があるので

 少しずつ活用して動かしていけたらと、

 昨日改めて思いました。」

 

 

この言葉を読んで、とても嬉しくなりました。

素敵な空間をつくろうと思って努力してきたので、

そう感じていただけたということもあるのですが、

一番私が嬉しく感じた理由は、おそらく、

この美香さんの言葉から感じられる、

物事が十分に生かされていない状態に対して

「もったいない」と感じられる感性なのだと思います。

 

 

美香さんが関わられているネコヨガというのは、

捨てられた猫たちを集めたネコカフェなどで、

ネコと一緒にヨガをやりながら、里親探しもするというような活動らしく、

(あまり、しっかり伺ったことがなく、間違っていたらすみません)

そこにはやはり、せっかくあんなにかわいいのに、

そのいのちを活かされていない猫たちに対する慈しみの思いがあり、

「もったいない」に共通する部分もあるのではないかと思いました。

 

 

私が、神智学や秘教にこんなにこだわってやっているのも、

実は、そういう意識がとても強いと思っています。

こんなに素晴らしい思想、理論体系があって、

それは人類に啓示として与えられた可能性が高いのに、

ほとんどの人が見向きもしない・・・もったいない。

 

同じように素晴らしい内容であっても、

人気のあるものには、あまり興味関心が向かないのですが、

人にほとんど知られていないものが見つかったときは、

俄然、やる気が出て、そこに隠されている宝を大切に探り出して、

皆に分かりやすく提示できるようにすることには、

努力を惜しまない。

 

そこには、経済的な損得勘定とかは、関係ないのです。

 

一般的に、

経済的に大きな見返りのあるものとか、

社会的にすぐに認められ、高い地位が与えられるものは、

誰でもがこぞって手を出し、当然のことながら人気も高いわけです。

 

しかし、経済的・社会的な見返りのないものは、

(特にこういった、余裕のない社会になってくると)

真に価値があり、興味関心があるものであっても、

そこに目を向けたら人生が開けていかないので、

目を向けないようにする、ということを、

ほとんどの人が無意識にやっています。

 

そうやって、

本当には価値があり重要なものが、見逃されることによって、

実は社会や個人にとても大きな損失を与えていることが、

現代社会でも頻繁に起きていると思います。

 

 

また、ちょっと別の話題になりますが、

ホリスティック・スペース=アクエリアスでは、

水とかお茶とかコーヒーとかは、

無料で提供しようと思っています。

 

私自身が講座に参加するときに、

毎回のように、コーヒーとかを休憩時間に、

コンビニに買いに行っていました。

それは気分転換の意味もありましたが、

買いに行かなくても自分の場所でそれが飲めるなら、

かなり節約にもなります。

 

でも、自分だけはそうやって飲んで、

他の参加者には外に買いに行ってもらう、

というのも悪い気がする。

 

では、お金を徴収するか?

というと、それもまた煩わしい問題が生じてくる。

それだったら、いっそ、全部フリーで提供してしまった方が、

スッキリして気持ちが良い。

 

皆も、毎回無駄なお金を使わずに、

居ながらにして温かくておいしいコーヒーが飲めて、

良い気分になってもらえれば、

出したものは何らかの形で返ってくるでしょう。

 

自分の時間や財布だけでなく、

皆の時間や財布も一緒に考えて、

無駄なことを徹底的に省いて、

通常、日に当たっていないものも含め、

関わっているすべてのものが、

最も生き生きとした形で活用できる・・・

 

そういうふうになっていないと、

「もったいない」という発想があって、

実はそれが、ここのところ書いている、

私が「ホリスティックな感覚」として大切にしているものに、

とても近いというか、重要なエッセンスになっている気がします。

 

まだこの先、長くなりそうなので、

続きは明日、ということで。