科学とホリスティック、パラダイムの創造過程と安定期の問題を考える ~ ホリスティック特集10

真の「ホリスティック」とは何なのかを探る旅、

行く先を定めず、気の赴くままに任せて、

色々と探っていっています。

 

昨日は、思いつくまま、

インド独立の父=マハトマ・ガンジーまで調べました。

 

スマッツとガンジーの間にどんな関係があったかは分かりませんが、

今急速に広まっている「ホリスティック」という概念も、

このような壮大な歴史的展開の中から誕生したことは、

しっかり頭に留めておく必要があるように思います。

 

「ホリスティック」という言葉が、

社会的に深い意義のある真の生命を保ち続けるためには、

そのときに創始者が感じたであろう緊張感を

忘れてはならないからです。

 

この問題は、パラダイムの誕生の過程と、

パラダイム成立後の問題として、

一般化できると思います。

 

(秘教~「ホワイトマジック」の表現を使えば、先日述べたように、

 「アイディア」の「理想」化とイリュージョンの問題です。)

 

その別の一例として、近代科学の誕生プロセスと、

そのパラダイム成立後の科学の在り方があげられると思います。

 

近代科学をつくり唯物的科学のパラダイムの創始者ともいえる

ニュートンは、神を認めた神秘主義者であり、

唯物論者でも、要素還元主義者でもなかったと思います。

 

仕事の一部に、

唯物的に存在する宇宙を作業仮説として、

その上に展開できる体系を構築することはあっても、

それがすべてであるなどとは露も思わなかったはずです。

 

しかし、その研究成果を受けて確立されたパラダイムに乗って、

通常科学の仕事をする人たちにとっては、

唯物的に存在する宇宙が、この宇宙のすべてであり、

それ以外の宇宙は存在しなくなってしまったのです。

そう思い込む方が、彼らにとっては安心で、都合が良かったのです。

 

しかし、それが後に人類を絶滅の危機に直面させるような

大問題を生み出すことをスマッツは予見した。

そして、それをブレークスルーして、

新たな「進化」のステップに進ませるために、

「ホーリズム」という概念を生み出し、提唱した。

 

そこには、壮大な視点をもちながら全体にいつも注意を払い、

構造的に存在するわずかな矛盾、問題点も見逃さない、

危機的意識に支えられた、

緻密で繊細な、感性を伴う知性が必要なのです。

 

ホリスティックがブームとなり一般名称化している現在、

私が懸念するのは、

確立したパラダイムの上に乗っかり、

平和に「ホリスティック」を語るだけでは、

その誕生時にもっていた時代の危機を乗り越えるための役割を、

果たすことはできないのではないか、ということです。

 

言葉の真の意味や意義を探るためには、

それが生む出されたときの状況や、

それを生み出した人の生き様を感じることが必要だと思います。

 

スマッツの生き方を継承する人として、

私がまず思い浮かぶのは、

(私が、龍村ゆかりさんと出会うきっかけになった)

アーヴィン・ラズロです。

 

シュタイナーも、近かったでしょう。

そういう意味では、23日、

今井先生・龍村ゆかりさんをお迎えして、

ホリスティックを語り合うのは、

的を得た企画といえるかな、と思います。

 

スマッツに似た人生を送った人物、他に探すと、

ブラヴァツキーやアーニー・ベザント

アグニ・ヨガの紹介者のレーリッヒ夫妻、

 

最近では、ノーム・チョムスキーや

(あまり良くは知らないのですが)シモーヌ・ヴェーユも、

近いかもしれません。

 

ケン・ウィルバーも、近いのかな?

 

日本人だと、

南方熊楠や宮沢賢治とかに、なるのでしょうか?

 

本山博・稲盛和夫・姜尚中といった人たちの顔も、

浮かんできました。

 

どこがどう関係しているのかは分かりませんが、

ホリスティックという概念が、

そういった人たちが感じていたであろう時代の緊張感の中から、

生み出されたことは、その概念の生命を守るためにも、

忘れてはならないと思っています。