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(報告)【5/12】(ホリ協主催)ホリスティック社会医学シリーズ・「スピリチュアルと疾病」 “スピ系・前世”ブームの社会現象の「功罪」

(降矢 英成先生のFacebookより転載させていただきます。)

 

◎ホリスティック医学の追究は続く/ホリスティック社会医学シリーズ・「スピリチュアルと疾病」~“スピ系・前世”ブームの社会現象の「功罪」

 

 昨日は、日本ホリスティック医学協会関東フォーラムにおいて、ホリスティック社会医学シリーズ・「スピリチュアルと疾病」~“スピ系・前世”ブームの社会現象の「功罪」を行いました。

 

 ホリスティック医学は、人間を「soma(身体)-mind(心)-soul(魂)-spirit(霊性)」の視点からとらえますので、spiritはとても重要な要素であり、最近のスピ系ブームによる影響は無視できません。

 

 

○「偽りの霊性(false spirituality)の諸相から考える」 相模女子大学教授、日本トランスパーソナル心理学/精神医学会会長、法喜楽庵代表、行者 石川勇一

○「内面探求を社会的な治癒力・変革力に結実させるには~インテグラル理論の視点から」 インテグラル・ジャパン代表 鈴木規夫

 

 まず、トランスパーソナル心理学がご専門で、今や原始仏教の行者にもなられている石川氏は、「偽りの霊性(false spirituality)」という欧米の論調を紹介して下さいました。

 

 本来のspiritualityは、

 

1、宗教性 (教義・教団と無関係)

2、究極的発達 (自己愛の減少、無私、非二元、等)

3、崇高な価値や体験 (愛、慈悲、神聖さ、真善美、等)

4、神秘体験 (至高体験、臨死体験、非日常体験、等)

5、実存 (今ここに現実に存在している固有の「私」)

6、全体性 (bio-socio-psycho-spiritualな多次元的存在)

 

というような意味を持つ重要な言葉です。

 

 しかし、「スピリチュアル(スピ系)」と「スピリチュアリティ」に、下記のように分離してしまっているのが現状であるとのことです。

 

・「スピリチュアル」(大衆的・商業的)

 霊能力、呪術、占い、前世、守護霊、チャネリング、リーディング、古代文明、パワースポット など

 

・「スピリチュアリティ」(アカデミズム・対人ケア)

 純粋な宗教性、自己超越性、よりよい生き方や死に方、全体性、実存、美徳・崇高さ、スピリチュアル・ケア など

 

 そして、「偽りの霊性 false spirituality」という視点から、下記のような問題が指摘されているとのことです。

 

・「防衛的霊性」(Battista,1996)という、自分自身の成長を阻害するものになっている

・「攻撃的霊性」という、他者にも迷惑を掛けるものになっている(そのチェックリストもお作りになっています)

・自らをマインドコントロールして自己陶酔するという「ひとりカルト」になっている

・霊性のみせかけによる「自己防衛」になっている

 

 一方、社会に望ましい形で広がっている例として、原始仏教の系譜である「上座部仏教」が残っている東南アジアは、「霊性と共同性の共存する社会システム」になっていることをご自分の現地での修行体験から提示されました。

 

 そして、心理臨床においても「真のスピリチュアリティ」を基盤としたセラピーとしては、瞑想だけのマインドフルネスだけでは足りないことから、「ダンマ(原始仏教の法)」をベースにした「ダンマ・セラピー」を提唱されています。

 

 「ダンマ・セラピー」とは、「瞑想+ダンマ(法)+心理学」を融合させた、石川氏が取り組まれている試みで、大変興味深いものです。

 

 お2人目の演者である鈴木規夫氏は、アメリカに留学され、トランスパーソナル心理学の第2世代の旗手となったケン・ウィルバーに師事されながら、「発達論」を研究されてきた方です。

 

 鈴木氏は、日本のスピリチュアリティの傾向性として、「心の時代」の流行は、「個人の内面探求」のスキルを高めたものの、「社会的な治癒や変革」につなげる契機とはならなかった、と認識されています。

 

 つまり、スピリチュアリティという高邁なものを、あくまで「個人レベル」の対象としてしかとらえておらず、「社会の発達」にはつながっていない問題点を指摘されました。

 

 ですので、今後、さらに経済競争が激化する過酷な時代を迎えるこの時代は、この「失敗」をふまえ、「内面探求」を「社会的な治癒力や変革力」に結実させるスキルが求められる、と提唱されました。

 

 そのヒントを、「トランスパーソナル(超個)心理学」が上記のような「個人レベル」に埋没する問題をもっていることから、より「社会」にも目を向けた「インテグラル(統合)理論」に転向したケン・ウィルバーの見解から探っていきました。

 

 鈴木氏は、瞑想を深める歩みを続けてこられながらも、「瞑想していても、核爆弾の投下は止められないよなぁ」という、「個人」と「社会」の溝のようなものに悩み続けてきたことを吐露されました。

 

 また、お2人のレクチャーの後には、アリス・ベイリーの秘教をご専門とされている神尾学氏にも加わっていただき、ディスカッションを行いましたが、神尾氏は、現代の社会問題に対して、秘教の観点から、鈴木氏と同じ心情になっているとのことでした。

 

 テーマにもなった「スピ系」の「功罪」については、基本的に「罪」のほうが大きかったということになると思いますが、ウィルバーのいうように、どんなものにも「功」があります。

 

 江原さんが現われたことで、少なくとも目に見えない世界のことを知る機会になった点、そして、悩んでいた人に対して「希望」を持たせてくれる面があったことなどが「功」といえるのでしょう。

 

 しかし、このレベルの「希望」は、「入り口」としては意味がありますが、いつまでも入り口にいても、「真の希望」や「苦しみの根本解決」にはならないという点が重要なのでしょう。

 

 これは、多くの領域で、まずは「分かりやすく、簡単に」ということで、どんどん安易になってきている大衆化の現象と重なる面があります。

 

 「入り口」のはずだったものが、ずっとそのままになってしまっていると、逆に「害」になってくることを、スピ系の現象から学ぶことが重要ではないでしょうか。